2006年05月30日

鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾

本書は、確かどなたかのブログで見かけたために入手した覚えがあるのだが・・・どうしても思い出せない。



書名:鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾
著者:矢島裕紀彦
出版:NHK出版生活人新書
内容:器械体操の名人と評された夏目漱石。ハイジャンプの全国大会で優
  勝した坂口安吾。自称オリンピック候補の横光利一。いずれも文学史
  に名高い気難し屋の文士たちであるが、いずれもスポーツに関して思
  わぬ一面を持っていた。書斎や酒場の姿からは想像もつかない、文士
  25人の意外な一面を紹介するユニークな一冊。
感想:あの「坂の上の雲」に登場する病弱の俳人正岡子規が、実はベース
  ボールを愛してやまなかったというのは割とよく知られているが、漱
  石が鉄棒の名人だったというのは、実は初めて知った。ポケットに入
  れていた万年筆を、器械体操の最中にぽっきりと折ってしまったとい
  うエピソードにはびっくりである。

  本書ではこのほか、小説を批判されるより釣りの腕前を揶揄されるこ
  とのほうが腹が立ったというくらいその道に入れ込んでいた幸田露伴
  や、実は当時のプロボウラーに迫る実力を持っていた向田邦子、とい
  った意外なエピソードが満載である。どの文士から呼んでも面白く読
  める、気軽な一冊と言えよう。
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2006年05月24日

銃・病原菌・鉄

書名:銃・病原菌・鉄(上/下)
著者:ジャレド・ダイアモンド/倉骨彰・訳
出版:草思社
内容:紹介文より〜ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南北アメリカ、オー
  ストラリア。それぞれの地で人類は極めて多様な社会を作り上げてき
  た。高度な工業化社会もあれば、伝統的な農耕牧畜生活を営む人々も
  いる。数千年に渡って狩猟採取生活を続ける人々もいる。なぜ人類社
  会はこれほど異なった発展の道筋をたどったのか。世界の地域間の格
  差を生み出したものの正体とは何か。

  この壮大な謎を、13,000年前からの人類史をたどりつつ、分子生物学
  や進化生物学、生物地理学、考古学、文化人類学など最新の研究成果
  をもとに解き明かしていく。・・・1998年度ピューリッツァー賞
  一般ノンフィクション部門、同年度「花の万博」記念「コスモス国際
  賞」を受賞した、人類文明発展の秘密に迫る傑作。

感想:1972年、著者ジャレド・ダイアモンドは専門である進化生物学のた
  めのフィールドワークをニューギニアで行っていた。そのとき現地の
  政治家「ヤリ」と親しく交流することがあり、彼はヤリより次の疑問
  を投げかけられた。「白人は、たくさんのものをニューギニアに持ち
  込んだが、ニューギニアには自分たちのもとといえるものがほとんど
  ない。なぜか?」

  ほとんどの白人文明圏に属する人々は、公式にはともかく無意識の底
  流に、その差に生物学的差異が影響しているという先入観を持ってい
  ることを、ジャレドは否定しない。その上で彼はこれを「おぞましい
  だけでなく科学的に間違っている」、と証拠を挙げてきっぱり否定す
  る。本書ではその上で、「ポリネシア諸島において異なる文化に分か
  れた部族間が衝突した例」「征服者ピサロによるインカ帝国の征服と
  大虐殺」「東西古代文明の発達と変遷の事実」など様々な事象につき、
  その根本原因をたどっていく。

  そして、究極的には文明の差異は「陸塊の形状、気候の違い、労働力
  の補完となりえる大型動物の分布、食料となる動植物の分布、病原菌
  の分布、資源として利用できる地下資源等の分布」などの環境要因が
  もたらしたものであると主張している。図を参照のこと。
文明多様化要因の因果関係2.JPG
  全体は4部構成に別れ、まず第一部で究極原因へ遡る道を概略でたど
  って枠組みを構成し、第二部でもっとも重要な究極要因である地理的
  ・生物的要因について詳しく考察する。

  第三部ではこれら要因から文明の差異へつながる因果の鎖を詳細にた
  どり、その過程で病原菌分布・文字の発生と様々な技術の伝播につい
  て考察する。最後に第四部で、世界の各大陸・島々の歴史をこれら考
  察でどのように説明できるか、考察している。

  著者は自らの考察について、あまりに広範囲の人類史について取り上
  げているがゆえの考察の不十分さもまた認めている。実際日本語の、
  特に文字に関する考察(漢字が「日本語を現すには問題がある文字
  である」というコメント)などいまひとつ勘違いではないかと思われ
  る描写もある。充分な証拠を集めるのは至難の業であるし、また社会
  現象である以上再検証は困難である。

  しかしこうした視点は今後の歴史観に大きな影響を与えていることは
  間違いないと思う。(その続編ともいうべき「文明崩壊」も秀逸!)

 「数量化革命」「失われた文明」そして本書「銃・病原菌・鉄」を紹介
  することで、くしくも私の文明観に関する基本的な考え方をまとめる
  ことができたのは、書評を書き始めて以来の痛快な体験である。
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失われた発見

書名:失われた発見〜バビロンからマヤ文明にいたる近代科学の源泉
著者:ディック・テレシ/林大・訳
出版:大月書店
内容:ヨーロッパに端を発した所謂帝国主義に力を与えた源泉のひとつ
  に、西洋科学の膨大な成果があることは異論の余地はない。しかし
  ガリレオ・ニュートンらに端を発する物理学・数学・化学など数量
  化・定量化・精密な分類と体系を持つ西洋科学・西洋技術に匹敵す
  るものは、果たして本当に西洋文明圏のみで生まれたものなのだろ
  うか。

  もう少し限定して、ヨーロッパ、ギリシャ、コロンブス以降の北ア
  メリカの非先住民族文化(これらを総称して「西洋文化」と呼ぶ)
  以外の非西洋文化には、これに匹敵する科学と呼べるものはないの
  だろうか。従来、そのようなものの存在は信じられておらず、また
  筆者自身もむしろ否定的証拠を求めて調査を行った。にも関わらず、
  いわゆる非西洋文化圏において、古代ギリシャに匹敵する、それど
  ころかしばしばそれをしのぐ、古代と中世の非西洋科学の例を次々
  と見つけるに至った。

  本書はエジプト・メソポタミア・インド・中国・メソアメリカといっ
  た地域の文明における数学・物理・天文学・地質学といった様々な
  分野における成果を紹介し、人類文明史が想像をはるかに超えて多
  様であることをダイナミックに語る。

感想:例えば数学の歴史においてその源流をたどるとき、通常我々はギ
  リシャの賢人たちを思い浮かべることが多い。それ以外ではインド
  においてゼロの概念が生まれたことをわずかに評価する声があるく
  らいで、古代中国・インド・またイスラムにおける数学の歴史につ
  き、充分な評価が与えられているとは言いがたい。

  本書では、例えばピタゴラス数についてバビロニア人は相当程度理
  論的に考察していた可能性を指摘する。また無理数の概念につきイ
  ンド圏の数学者が既に到達していたと見て良いとの証拠も挙げてい
  る。(明らかに、ある長さの比率が整数の比に表せないことをはっ
  きり説明しているということだ。)その他中国の算木を用いた連立
  一次方程式、物理学の、例えば光学に関する古代中国やイスラム圏
  での理論的考察、メソアメリカにおける薬物に関する高度な知見、
  イスラム圏における無機化学上の様々な成果など、その内容の豊富
  さは驚くほどだ。

(8/24補足:古代から中世にかけてのインドにおける数学に関する記載の大方は、イギリス・マンチェスター大学の数学教授ジョージ・Gh・ジョゼフによるところが大きい。彼によれば、1881年インド北西部で発見された文献「バクシャーリー写本」は少なくとも5世紀頃にまで遡る古代インドの数学的成果を知ることのできる重要な文献である。当初不完全な翻訳によりその価値は不当に貶められていたが、再評価されるべきであると。同様な主張を日本の研究家、林隆夫もしているとのこと。また、15世紀のインドの数学者Nilakanthaの著作には、次のようなびっくりするような記載がある。「なぜ(円周の)近似値のみがここで示されるのか、説明しよう。それは、本当の値が得られないからだ。ある測定単位で余りを出さずに直径を測れば、同じ単位で円周を測ると、余りが出てしまう。同様に、余りを出さずに円周を測れる単位で直径を測ると余りが出てしまう。したがって、同じ単位で、余りを出さずに両方を測ることはできない。いくらがんばっても、余りを小さくすることができるだけで、’余りのない’状態を実現することはできない。これが問題なのだ。」孫引きの引用なわけだが、もしこの通りの記載であるとすれば、少なくとも従来の非西洋世界における数学の評価はかなり不当に低かった、と考えざるを得ない。もちろん、検証は必要だが・・・)

  本書はこういった個別のトピックを通して、いわゆる非西洋文化圏
  においても、その 依って立つ環境に応じた文化的特徴の相違はあ
  るものの、間違いなく科学的思考というべき論理的な考察の跡とそ
  の成果が立派に存在することを教えてくれる。科学の歴史は、旧来
  のヨーロッパ中心主義的な世界観などより、実ははるかに多様で、
  エキサイティングなのだ。本書と、前に紹介した「数量化革命」を
  読んでいるうちに、以前読んだ印象的な文明史の本をまた読み返し
  たくなった。

  少し間が空くが、それも後ほど書評を書いておきたい。タイトル
  は、「銃・病原菌・鉄」である。
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数量化革命

書名:数量化革命〜ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生
著者:アルフレッド・W・クロスビー/小沢千重子・訳
出版:紀伊国屋書店
内容:ヨーロッパに端を発した所謂帝国主義は、自由民主主義の衣をまと
  いつつも、人類の歴史の中で最も成功を納めてきた覇権的思想である
  ことは間違いない。それが全地球に広がる広大な勢力圏を持つように
  なった、その力の源泉はどこにあるのか。

  著者クロスビーはこの問題をライフワークとして研究してきたが、本
  書ではその原因のひとつとして「事物を数量化して考える」という思
  考の枠組みがあると説き、この考えをパントメトリー(pantometry)
  汎測量術と呼ぶ。

  そして、「時間の計測」が始められたそもそものきっかけから歴史を
  説き起こし、暦や測量技術の発達から均質な時間・均質な空間という
  概念に到達するまでの歴史を追う。合わせてそこから発展した数学を
  始めとする様々な知見が、様々な科学・芸術・音楽の発展をうながす
  ありさま、そして現代文明の基礎が生み出される様子をダイナミック
  に語る。

感想:著者は、計測するということの発展を、技術そのものの発展史と言
  う視点ではなく、技術が人間の思想にどのような影響を与えつつ変化
  してきたか、という観点から「汎測量術」なる言葉を使っている。そ
  してその発展以前の定性的・思弁的な世界観を「敬うべき世界」、数
  量化が思想と密接不可分に結びつき、中世ごろから急速に育ってきた
  世界観を「新しき世界像」と呼び、その移り変わりの意義について詳
  しく論じている。

  本書を読むと、今日の我々が議論するまでもなく自明に感じている
  「均質な時空間」「測定によって結び付けられる現実と数量」という
  考えの枠組みが成立するまでに、いかに多くの人たちの努力があった
  かがよくわかる。また、数量化と計算の技術が発達したきっかけの重
  要なひとつが商取引と貨幣経済の発達であることも、様々な面から詳
  しく語られている。貨幣経済の数量化技術の粋といえる、「簿記」の
  発生について一章を割いて説明し、それが文明にもたらした効果がい
  かに大きかったかを論じているのも、印象深い。

  しかし、もちろん内容を無批判に読むべきではない。実際、これは数
  量化ということにより捨象された見方もあることを意味する。ここで
  は「敬うべき世界観」なる言い方をしているなかに、本来失うべきで
  なかった多面的な見方が含まれているのではないか。

  今日ますます顕在化しつつあるアメリカ一極主義に対するアンチテー
  ゼを、我々は忘れてはならない。

  それから、もうひとつ。数量的な扱いの基礎となる数学的概念の大半
  は、決して西洋文明が源泉となるものではない。ゼロの概念を正しく
  理解し発明したのはインド人であるし、これを生かして記数法のデフ
  ァクトスタンダードを確立したのはアラビア人である。

  また詳細は別の本の書評に譲るが、ギリシャ哲学の専売特許のように
  言われている論理的思考と証明という概念の大半は、紀元前1500年ご
  ろのインドの文献にも見ることができるという。
(8/24訂正:正しくは、紀元後5世紀ごろのインドの数学者、Aryabhataによる文献のこと。)

  証明概念うんぬんの話は、従来の常識からかなりかけはなれているこ
  ともあり、ちゃんと裏を取る必要があるかもしれないが、とにかく一
  方の見解に偏らぬよう常に配慮すべきだろう。
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2006年05月18日

キューブサット物語

書名:キューブサット物語〜超小型手作り衛星、宇宙へ
著者:川島レイ
出版:エクスナレッジ
内容:2003年6月30日、ロシアのプレセツクにあるロケット射出場から、
  1機のロケットが打ち上げられた。そこには、東京大学・東京工業
  大学の学生たちがゼロから開発した手作りの人工衛星が載せられて
  いた。

  一辺わずか10センチの立方体に過ぎないが、そこには学生たちや彼
  らを支えた大人たちの智恵と技術、そしてあふれんばかりの夢と希
  望がつまっていた。これは3年半にわたるプロジェクトにおける、
  彼らの奮闘の記録である。

感想:1999年9月11日、この日アメリカ・ネバダ州の砂漠で、ジュース缶
  サイズの人工衛星による、打ち上げ実証実験が行われた。わずか地上
  4キロメートル程度までの飛行でデータ受信実験を行っただけであっ
  たが、世界の誰もが、そんな小さな人工衛星を学生が打ち上げられる
  とは、考えもしなかった。

  これを実現させた東京大学中須賀研究室と、東工大松永研究室の面々
  が次に取り組んだプロジェクトこそ、「一辺10センチの立方体大の人
  工衛星」だった。小さいサイズに太陽電池・各種センサー・カメラま
  で備えた本格的な観測衛星というのは、まさに世界初の試み。宇宙と
  いう過酷な環境において立派に動作する衛星の開発には多くの困難が
  立ちふさがる。部品の調達ひとつから手探りが続き、続発するトラブ
  ル、厳しい予算、スケジュール管理に追われる毎日。その苦労の全て
  が報われる日がついにやってくる。

  衛星からの正常動作を示すデータ通信が宇宙より届いたとき、学生た
  ちは「体中の細胞という細胞から涙が出る」のを感じた。読み手にも、
  その感動がありありと伝わってくる、ひさびさに感動したノンフィク
  ションであった。
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「悪魔のサイクル」へ挑む〜

書名:「悪魔のサイクル」へ挑む〜人類は80年で滅亡するU
著者:西澤潤一、上野イサオ
出版:東洋経済新報社
内容:地球が温暖化している。このことは世界中で人々の常識となって
  いる。そしてその温暖化の原因が大気中二酸化炭素濃度の増加にあ
  ると言う点もよく知られている。しかし、その二酸化炭素濃度の増
  加がもたらすもっとも恐ろしいシナリオは、それにとどまらない。
  本書は、二酸化炭素の増加により「何が本当に起ころうとしている
  のか」について、極めて科学的に推理している。それによれば、全
  地球的な炭素サイクルは動作不全を起こしており、このまま人間が
  現在のような消費優先型文明を続けていく限り、極めて近い将来、
  80年後には大気の二酸化炭素濃度は3%に達し、全地球の生命は
  存続できなくなるという。これを踏まえて、人類が持続的発展を保
  ちつついかにして自然な炭素サイクルの再構築に関与していくべき
  か、文明論的観点から論じている。
感想:「人類は80年で滅亡するU」「地球にはCO2を急増させる仕掛
  けが隠されていた!」「悪魔のサイクルが起動しようとしている」
  といったあおり文句は実にショッキングであり、一見したところい
  ささか破滅妄想にとりつかれているかのようだ。しかし、二酸化炭
  素の大量放出に対する危機意識が単なる気温上昇、だけのレベルで
  とらえるべきものではないという点については大変よく理解できた。

  本書の提示する二酸化炭素濃度増加の定量的シナリオについて、無
  批判に受け入れることは避けたい。しかし炭素資源の安全なリサイ
  クルを実現するための様々な提言(メタンハイドレードを安全に制
  御するための技術開発など)や、環境の維持と資源の利用、そして
  経済発展を両立させたいという意気込みについては大いに共感する。

  そのために人間が動作不全を起こしている炭素サイクルシステムを
  立て直すために智恵をしぼるべきであるという点に異存はない。

  ただ本書の後半は少々理念が先行し過ぎており、俗に言う「とんで
  も本」系に偏りかけているように感じてしまう。
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2006年05月06日

ヴィンランド・サガ

書名:ヴィンランド・サガ(既刊2巻)
著者:幸村誠
出版:講談社
内容:救世主がガラリアの地に現れてから最初の千年紀を迎えたころ、
  11世紀初頭。勇猛で名をはせるヴァイキングたちは、フィンラン
  ドからイングランドへとその勢力を伸ばしてきた。強いもののみ
  が全てを制する、戦士たちの世界。戦乱の時代に生まれた一人の
  少年は、父の敵を討つことを心に決め、戦士としての過酷な人生
  を歩み始めた。

  プラネテスでその名をはせたストーリーテラー・幸村誠がヴァイ
  キング遠征の歴史を、ひとりの少年の成長を軸に緻密に考証して
  描く、壮大なスケールの叙事詩。

感想:最近では、ヴァイキングがコロンブスに先立ちヨーロッパ文明
  圏からの先鋒として北米大陸にたどりついていたことが明らかに
  なっている。ヴィンランド、というのはその北米大陸のことを指
  す。結局ヴァイキングたちはアメリカ先住民との交流に失敗し撤
  退を余儀なくされたのだが、彼らヴァイキングの数奇な歴史は、
  我々の想像力をかきたてて止まない。

  そうしたスケールの大きな話とあわせて、主人公トルフィンの成
  長物語、彼が父親トールズの仇として挑み続けるアシェラッドの
  男っぷりもまた見逃せない。続きが楽しみなマンガのひとつである。

posted by 半端者 at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 軽めの書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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