著者:池宮彰一郎
出版:新潮文庫
内容:何としても関東軍の暴走を止めねばならない。昭和6年、柳条湖事件に
端を発した「満州事変」は若槻内閣の不拡大方針に反して国際問題に発展。
動乱の予兆が日本を覆い始めた。時の元老・西園寺公望は元満鉄副総裁・
松岡洋右を通じて関東軍解体の緊急手段を画策。それは「リットン報告書」
を奪うべく、”ある集団”を満州に放つ計画だった・・・・。驚くべき状
況下で展開される、傑作長編。(以上、宣伝文より)
感想:軟派な書評のつもりだったが、またも思いテーマのものを出してしまっ
た。だが、内容の面白さは折り紙つき。いったいどこまで史実に基づいて
いるのか分からない、そのギリギリのところで展開される歴史エンターテ
インメント小説である。
リットン調査団といえば、満州事変後の満州国にその実態を調査するため
に国際連盟から覇権された調査団で、実態は欧米列強の強い意を受けて活
動する調査団であった。その思惑を関東軍を出し抜いてでも密かに知るこ
とは、軍部独走に歯止めをかけたい外務省にとっては非常に重要なことだ
った。そこで彼らが計画したのは、なんと「専門のスリ集団による、調査
文書の奪取」だったのである。
あるシーンでは、こんな掏摸の課題が生じる。懐中時計と金鎖でつながっ
た鍵束を肌身はなさず持っている人物の手から、気づかれずに鍵束だけを
スリ取り、鍵の型を取った後にまた気づかれずに戻す。さあ、どうやった
らそんなことができるか? 腕利きの掏摸(カタカナでなく、漢字の
「掏摸」と書くのが通であろう)達も、さすがに2の足を踏む。
「あのケイチャンがなあ・・・」ケイチャンとは、懐中時計の隠語である。チョッキのボタンを穴を通した金鎖の両端に鍵束と金時計がついていて、それぞれにポケットに納まっている。一方を抜き取れば重さのバランスが変わって気づかれる。
そこへ、集団をまとめる大親分が子分達に言い放つ。
「・・・これだけ雁首を並べておいて、出るのは泣き言だけか。当節の仕事師は、口ばっかり達者になりゃがって、腕の方はさっぱりか」
そして大親分は若手2人にウエーターの服装をさせて何事か段取りを授け
た末に、見事この難問をクリアーしてしまう。その水際立った掏摸の段取
りには、思わずうなるばかり。
もちろん、史実を背景とするフィクションなので、この計画の結末が明る
いはずも無い。実際、ほとんど奪取計画は成功するのだが・・・・という、
正直気の重くなる展開が待っている。だが、それを承知の上で読むにたる、
極上のサスペンス・エンターテインメントである。

